家具の彫刻家、フィン・ユール。現代に語り継がれる椅子の曲線美はどのように生まれたのか。
2024.01.17 デザイナーズ家具フィン・ユール(Finn Juhl:デンマーク1912-1989)は、アルネ・ヤコブセンやハンス・J・ウェグナーと並び、北欧デザインの巨匠と呼ばれる人物のひとり。ユールの手がける椅子が持つアームの曲線美は、現代でも高く評価され、多くのシーンで愛用されています。
いまでこそ「北欧」といえばフィン・ユールの名が出てきますが、実は彼は、けっして北欧デザイン界で黄金の時代を過ごしたというわけではありませんでした。むしろ北欧では評判があまり良くなかったといわれています。
そんなフィン・ユールが、どうしてこれほどの影響力を持つようになったのか?
この記事では、そんなフィン・ユールの生涯をあらためて辿ることで、家具デザインの世界を探求していきます。そして、家具の歴史を知る楽しさ、その魅力を、一人でも多くの方に届けられたらと思っています。
1972年創業の旭川の家具メーカー「WOW」は、デザイン賞を受賞したデザイナーと共同製作した家具を取り扱っております。そんな作り手であるWOWが、「デザインの歴史」を紐解き、学びながら、「デザインとは何か」「いい家具とは何か」「これからの時代に求められる家具とは何か」を見つめ直すことには、大きな意義があるのではないか。私たちはそう考えています。
フィン・ユールという人物の歴史と実績
1912年、デンマークのコペンハーゲンの郊外、フレデリクスベアに生まれた彼は、若いころ美術史に強い関心を持っていました。
しかし、父の反対を受けて、王立芸術アカデミーの建築学部へ進学しました。学生時代から、ヴィルヘルム・ラウリッツェンの建築事務所での勤務を開始し、そのキャリアの礎を築き始めていました。
1937年、25歳の時に家具職人組合の展示会に初めて作品を出品し、その後1940年代に家具職人ニールス・ヴォッダーと協力し、「イージーチェア No.45」などの、数多くの代表作を生み出しました。1942年にはコペンハーゲン北部のオードロップゴーに自邸を建設し、自らデザインした家具や日用品で埋め尽くされた家で生活しました。
1950年代には、その才能をアメリカに広げ、国連本部ビルの信託統治理事会議場のインテリアや家具デザインを手掛けるなど、国際的な名声を確立しました。
さらに、スカンジナヴィア航空のオフィスや飛行機のインテリアデザイン、世界中で開催されるデンマーク・デザインの展覧会のデザインなど、建築家、インテリアデザイナーとして多岐にわたる分野で活躍しました。
フィン・ユールが手がけるデザインの特徴・評価
彫刻品のような緻密な造形美
フィン・ユールのデザインする家具、特に彼の代表作「イージーチェア」のアームに見られるような、曲線の美しさに対する深いこだわりは、彼の作品群に顕著に表れています。
その洗練された、余分な一切を削ぎ落とした曲線の造形美は、彼を「家具の彫刻家」と称賛させるに十分なほどです。
しかし、フィン・ユールの家具が持つのは芸術性だけではありません。座り心地の良さなどの実用面も見事に兼ね備えており、椅子やソファに座る際の心地よい安らぎとリラックス感は、彼の作品の大きな魅力の一つと言えます。以下の写真は、傑作「イージーチェア No.45」。
アメリカでの高い評価
当初のユールのデザインについて、北欧における評価は厳しいものでした。そのような状況の中で、ユールは早い段階からアメリカでのデザイン活動に精力的に取り組みます。
1954年から1957年にかけて開催された北米巡回展「Design in Scandinavia」では、デンマーク代表として展示エリアの指揮を執りました。
この展示会は、アメリカとカナダにデンマークデザインを広めるための重要な契機となりました。
加えて、1948年に知り合ったエドガー・カウフマンJr.との連携により、ユールはアメリカでも評価されるデンマークのデザイナーとしての地位を確立したのです。
フィン・ユールの名作椅子
No.45 イージーチェア
1945年のコペンハーゲン家具職人ギルド展で初披露された「No.45」は、フィン・ユールのデザイン力を象徴する傑作として知られ、その洗練されたアームの美しさから「世界で最も美しいアームを持つ椅子」と賞賛されています。
この椅子は、従来のアームチェアの伝統的なスタイルを打ち破る革新的な作品として位置づけられます。
ファブリックやレザーで張られた座面と背もたれを木製のフレームから浮かび上がらせることで、軽快さと空間の感覚を生み出しています。オーガニックな形状と、細部に至るまでの精緻なデザインのこだわりが、この椅子の独特の美しさを創り出しています。
ペリカンチェア
フィン・ユールのペリカンチェアは、彼のモダンアートへの深い関心を最も色濃く反映した作品と言えるでしょう。
1940年に発表された当初、その独特な形状が先進的すぎたため、2001年に復刻されるまでの間、ごく限られた数しか製造されませんでした。
この椅子の柔らかくオーガニックなフォルムは、まるで別の身体が支えているかのようにデザインされており、座ると身体を優しく包み込む感覚を提供します。ペリカンチェアは、フィン・ユールの後の作品にも見られる特徴である、様々な姿勢で快適に座れるよう配慮された設計が施されています。
ベイカーソファ
1949年、エドガー・カウフマンJr.は、フィン・ユールとの親交を背景に、アメリカのインテリア雑誌に彼についての特集記事を執筆しました。
この記事がベーカーファニチャーの目に留まり、彼らとの間で家具デザインの契約が成立し、ユールのアメリカデビューを飾ることとなりました。
このソファを含む彼の作品群は、背もたれが二分割され、上部が浮遊しているかのように見えるユニークなデザインが特徴です。
彫刻のような美しさとともに、機能性や細部へのこだわりが彼の家具デザインの理念を凝縮しています。この印象的な形状に加えて、このソファはペリカンチェアに見られる「身体を支えるもう一つの身体」のコンセプトを引き継ぎ、2人が快適に寛げるような設計が施されています。
まとめ
戦後の北欧デザインを語るうえで避けては通れない、フィン・ユール。彼は自国や同輩からの批判にもめげずに、「アメリカ」という国に新しい可能性をみていました。
そのチャレンジ精神と、自分のビジョンとまっすぐに向き合う姿勢が、結果として世界中で影響力を持つデザイナーとして花を咲かせることができたのかもしれません。彼にはある種の、「どの市場で戦うべきか」というマーケティングの発想があったといえるでしょう。
【参考文献】
『名作椅子の由来辞典』(著:西川栄明/誠文堂新光社)
美しい椅子―北欧4人の名匠のデザイン (著:島崎信/エイ文庫)